2014年6月10日火曜日

オモイデおしえて 002 たけのこさん

31歳のたけのこさん。ケンビがすでに30年前にあったと知ってビックリ。そう、前身の福岡県文化会館は50年前の1964年(昭和39)生まれ、それを改築してできた福岡県立美術館は1985年(昭和60)生まれで来年30歳を迎えます。

そこでご自分の30年前の思い出を教えてくださいました。ありがとうございます。こんな思い出もステキです。


 30年前にもう生まれていたとは・・・。しんみり。当時は買い物の行き帰りなどに母のこぐ自転車の後ろで歌を歌うのが好きでした。足が絡まって落ちたこともありましたが。西ドイツだった頃のデュッセルドルフに住んでいて、「あっこちゃんの、うちは、お馬さんの、近く(本当に近所にポニーのいる家があったので)。あの角曲がってすぐ、あ・そ・ぼ、あとで、あーあ」という歌を、歌詞を変えながらよく歌っていたことを覚えています。[ 31歳 たけのこ ]


それって、どんな歌だったんでしょう。気になります。

それにしてもたけのこさん、そんなに小さな頃の記憶があるんですね。すごい。


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2014年5月23日金曜日

キロクの断片のきおく 005

昭和41年5月20日 各社新聞

新聞各社がこぞって記事にすることなんてそうそうないんじゃないでしょうか。それもそのはず、話題はあの金印。国宝の漢委奴国王印を文化会館での「日本原始美術展」展示に際してはじめて正確に計量測定したのだとか。

「まさに値千金の重み」という見出しはよく分かりませんが、当時の興奮は伝わってきます。文化会館そのものを関係者以外立ち入り禁止にして、ある記事では「ガードマン5人」、ある記事では「福岡署員にガードマン約10人」という誤差もまあご愛嬌ですね。

いやあ、金印とかミイラとか、福岡の人たちは昔っから光り物が好きなんですねえ。

ちなみに文化会館では金印を展示しただけで、現在は福岡市博物館の所蔵になっておりますから、「金印見に来ました!」とケンビにいらっしゃることのないように(5年にお一人くらいいらっしゃいます...)


福岡市博物館の「金印」紹介
http://museum.city.fukuoka.jp/gold/

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2014年5月8日木曜日

キロクの断片のきおく 004

昭和40年2月頃

今回はほのぼの系。図書館で「西日本初の試み」だそう。それはどっちでもいいけど、すてきな光景だと思うし、過去の記事をめくっていると、こんなふうに今ぼくらが大切にしようとしていることの端緒を発見することがあってうれしくなる。

ちなみにこの『魔法のジュウタン』なる番組はどんなものかとググってみたら、黒柳徹子さんが出演されていた大人気番組だったです。


しかもおもしろいことに、文化会館が開館する直前に放送打ち切り。放送は打ち切りされたけど絨毯は発注していたから使っちゃえ!ってことだったんでしょうか。でもおかげで子どもたちは楽しい時間を過ごせたんでしょうね。

ちなみに番組打ち切りの理由がこれまた秀逸でした...。

→ http://www.billboard-japan.com/special/detail/709



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2014年5月2日金曜日

キロクの断片のきおく003

またもやテンション落ちますが、現在の工事つながりでこんなオモロイ記事も見つけました。

昭和46年6月9日 西日本新聞
今も昔も悩みはいっしょ...。

しかし「近代的な無窓建築がアダ」という書き方はいかにも「らしい」ですね。

設計した佐藤武夫はたしかに他の公会堂やホールなども「無窓」でつくることが多かったですが、音楽ホールや美術ギャラリー(美術館)は施設の性格上そうあっても不自然なこととは思いませんし、では「図書館なら窓をたくさんつくっても問題ないのでは」と言われるかもしれませんが、佐藤自身の説明によれば「飛行機が真上を飛ぶから騒音対策を取ってほしいと依頼されたので窓を少なくした」とあります。

ともあれ、次回こそはテンション上がる記事をアップしますよ!



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2014年4月23日水曜日

キロクの断片のきおく 002

昭和39年11月3日にオープンして20日くらい後、さぞテンション上がる記事が載っているんだろうとおもいきや...

昭和39年11月26日 朝日新聞
昭和39年11月25日 西日本新聞

いやいや、こっちが泣きそうやわ...なかんじの記事2つ。

いやまあ、ある意味おもしろく読みましたけど、当時の文化会館関係者はどんな気持ちでこの記事を読んでいたのでしょう。また新聞はどんな気持ちでこの記事を掲載したのでしょう。

「文化会館の自習室で勉強していた」という思い出を、ぼく自身知人から聞いたことがあります。その人はどんな思い出をもっているんでしょう。

そのうち聞きに行くとしよう。


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2014年4月18日金曜日

キロクの断片のきおく 001

「オモイデ」シリーズと並行して、福岡県文化会館/福岡県立美術館にまつわる新聞記事や当時の記録を時系列は気にせず散発的に紹介していこうと思いますが、やっぱり最初は昭和39年11月3日、文化会館オープンを知らせるこの記事と写真から。

昭和39年11月3日 朝日新聞

この写真、かなり貴重です。空撮しているんでしょうね、この角度からの写真ははじめて見ました。

正面玄関が今の県立美術館とはちがって市民会館と向かい合うようにあったこと(旗を立てるポールが4本立っています)、タワーの周囲が池になっていたこと、本館の天井にドット状の意匠が施されていたことなど、いろんなことがよく分かる写真ですが、なにより度肝を抜かれたのはタワーの天井。なんと格子柄に抜けているじゃありませんか!

タワー上部、南北の側面が格子柄に抜かれていてそこに雨が降り注ぎ、その雨を下に落とすために東西壁面に「ガーゴイル」という突起がつけられたこと、しかし現実的な問題からすぐに内側に壁が立てられて雨風が遮られ、ガーゴイルも用途のない意匠の遺物としてだけ残っていることは知っていたのですが、当初天井まで抜かれていたとは...。

実用上の問題はいろいろあったんでしょうけど、設計した佐藤武夫の心意気というかアヴァンギャルドな実験精神をビシバシ感じます。

さらに周囲を埋め尽くすバラック住居群。これは当時の引揚げ者たちの住居で、市民会館・文化会館の建設および須崎公園の整備に伴い立ち退きが進められました。

立ち退きされる方々のための建設中のアパート(公団)がその横に写っていますね。文化会館とほぼ同じ時期にできたことが分かりますし、奇しくも今公団は立て直し、こちらは耐震工事真っ最中。

いやあ、興奮したなあ。


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2014年4月4日金曜日

オモイデおしえて 001 ぶらぞうさん


「福岡県文化会館50年記念 とっとっと? きおく×キロク= 」(10月4日~11月24日)にあわせて、福岡県文化会館(現在の福岡県立美術館)とともにあるみなさんの思い出と記念写真を大募集。それらを展覧会開催に先んじて、このブログでご紹介していきます。

トップバッターは、ぶらぞうさんの思い出。つまり私ですけど...。


福岡県立美術館を最初に訪れたのは2000年の初夏。美術館巡りに来たわけでも、観光旅行のついでに寄ったわけでもなく、目的はただ一つ。学芸員採用試験を受けるための下見でした。

福岡に縁もゆかりもなく、生まれも育ちも関西ひとすじ30年、九州の地に足を踏み入れるのも中学校の修学旅行以来2回目。そんななかで「福岡の美術館がどうも学芸員を募集しているみたいだから、受験する気があるなら下見に行ってきなさい」という大学の恩師からのアドヴァイスにより、決して豊かではない懐から旅費をねん出し、訪れました。

福岡県立美術館が建つここ須崎公園にたどりついたときの印象は今も鮮やかに残っています。「マジ南国やん?!」 熱帯植物のような青々とした草木が生いしげる公園には、ヤシの木やバナナまで植わっていそうな雰囲気ムンムンで、なんだか笑ってしまったのを覚えています。

そしてその向こうにニョキッと頭を出す茶色い塔。福岡県立美術館の建物があたたかくぼくを迎え入れてくれました。

とはいえ、建物の中に入ってからの記憶はほとんどなく、展覧会を見たのか見なかったのかもよく覚えていません。

って、それじゃあ下見になっていないわけですが、採用試験を突破できたので、まあ結果オーライってことで。

2014年4月4日 ぶらぞう 43歳


こんなかんじで、福岡県文化会館/福岡県立美術館にまつわるみなさんの思い出をお教えくださればうれしいです。同時に記念写真も大募集。

興味ある方、協力くださる方は、まず福岡県立美術館ホームページをご覧ください。

http://fukuoka-kenbi.jp/blog/20140404_kenbi2550.html